アレクサンダー ショルツの浦和愛と日本愛「日本サッカーの大使になりたい」「ここから離れたくない」浦和レッズニュース(取材・文/飯尾篤史さん)
ショレ「ACL(AFCチャンピオンズリーグ)で優勝したのは素晴らしい成果だと思います。(YBC)ルヴァンカップで決勝までたどり着いたのも、過去2年間は準決勝で敗れていたことを考えれば、大きな進歩です。もちろん、優勝できなかったという残念な感情はありますが。また、長いシーズンをかけて争うリーグ戦の順位にウソはないと思います。3位を争っている今の状況は、妥当なものでしょう。昨季は9位でしたから、これも大きな向上です。
マチェイ監督は素晴らしい仕事をしてくれたと思います。悪い部分を取り除き、チームの土台をしっかり築いてくれました。今季の浦和レッズは対戦相手にとって嫌らしく、戦いにくいチームだったはずです。少なくともあと1、2年はマチェイ監督と一緒に仕事をしたかったですね」
飯尾さん「ショルツのリーダーシップが溢れ出たのは、例えば、アウェイでのサンフレッチェ広島戦やホームのヴィッセル神戸戦だった。試合中や試合後にチームメイトに喝を入れるかのように、怒りをあらわにしたのだ。」←最近のレッズに足りないものをショルツが持っている。
ショレ「もちろん、チームを引っ張らないといけないというリーダーとしての思いもありましたし、このクラブでたくさんのゲームをこなしてきたので、自然と出てきたものでもあります。基本的に私は“レイセイ” (※日本語で)なタイプです。後ろでしっかりと仕事をこなしてチームに安心感を与えるセンターバックであって、叫んでリーダーシップを出す性格ではありません。ただ、もっともっとチームに自信を与えられる存在にならないといけないとも思っています」
ショレ「人は誰しもエレガントになれると思っています。僕は浦和に何かを教えにきたわけでも、変えにきたわけでもありません。助けになるためにきましたし、学びにきました。キャスパー(ユンカー)が以前、『日本のサッカーは過小評価されている』と言っていましたが、私も同感です。
日本のサッカーはハイレベルです。私は『日本サッカーの大使になりたい』という思いがあります。他の国に行って、『日本のサッカーの質は素晴らしい』『サッカー文化も素晴らしい』と伝えたい。日本サッカーの質を上げるために、僕もベストを尽くしたい」
「チームメイトも『引退するまでここにいるべきだ』『引退しても日本に残るべきだ』と言ってくれます(笑)。私も正直、ここから離れたくないですね。ただ、いつかは離れなければならない。もし、ここを離れるのであれば、Jリーグのタイトルを獲ってから離れたい。浦和に恩返しをしないといけないと思っています」
ずっと浦和レッズにいて下さい🙏🙏🙏
タイトルを獲ったあとも。引退までいて下さい。
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小泉佳穂「小野伸二さんに会えたことで僕のサッカー人生が変わって、伸二さんの現役最後の試合で対戦できる。運命じみたものを感じます。目の前で浦和レッズを勝たせるプレーをして、伸二さんが僕に思ってくれている『もっとやれる』に少しでも近づきたいです」
「これはおそらくあまり話してこなかったと思いますが、一番大きかったのは琉球での1年目が終わって、選手の何人かで忘年会のようなものをしたときのことです。1年目はあまり試合に出られず、伸二さんに『来年はJ3リーグのチームに期限付き移籍しようかどうか迷っています』と話しました。そうしたら、『いやいや』と言われて。『来年も一緒にやろうよ。来年はもっと試合に出られると思うし、佳穂はいいものを持っているから俺は一緒にやりたい』と言ってもらえたんです。そして琉球に残ることを決めました。しかも2年目がコロナ禍になり、中断期間があって連戦が続いたことで僕が試合に出られるようになりました。5連戦、7連戦、9連戦まであるような状況になって、誰にでもチャンスが回ってきました。そういう流れで一つでも何かがずれていたら全然違う未来になっていたと思います」
伸二、ありがとう❤️
「すごくさらっと話したことなので伸二さんは覚えていないと思いますが、『プライベートが楽しくなければサッカーでいいプレーができるはずがない』と言っていたことがありました。僕は逆の考えで、プライベートを犠牲にして何かに打ち込むことが正しいと思っていました。自分がそうしたくてしていればいいと思いますが、伸二さんの話を聞いて、『やらなきゃ』と思いながらやっているのは違うのかもしれないと思いました。それから少しずつ、レッズに来てプレッシャーが大きくなり、自分自身追い詰められることが増えると余計に伸二さんが言っていることが腑に落ちるようになりました。普段からストレスを感じたり、苦しんでいたりしたら、いいプレーはできないんだろうなと実感するようになりました。サッカー選手としてだけではなく、人としての豊かさをもっと近くで吸収したかったと思います」