日暮里d-倉庫にて。
ジークムント・フロイト(83):木場勝己 C・S・ルイス(40):石丸幹二
時代:1030年9月3日(第二次世界対戦勃発の朝) 場所:フロイトの書斎(ロンドン、ハムステッド地区)
『フロイトは過激な無神論者。一方ルイスは熱烈なキリスト教徒。──そんな2人が、もし、出会っていたら?
神はいるのか? 道徳とは何だ? そして性欲とは? 人生とは? なぜ人は争い続ける? 20世紀前半を代表する2人の知の巨人たちが、90分の激論を通じて、歴史上誰も解決し得なかった問題に挑むスリリングな会話劇。』
翻訳・演出:谷賢一(DULL-COLORED POP)作:マーク・セント・ジャーメイン 美術:土岐研一 照明:松本大介
ルイス 「これ以上話したくない!」
フロイト「ならそうしよう。だがこれは私の信念だがね。
──患者が話すことよりも、話せないことの方が、得てして重要な意味を含んでいるものだよ」
いやぁ〜 美術、照明、音楽までパーフェクトじゃないですか?これ。濃密。かなり濃密。すごかった。お二人とも本物だった。「最後の精神分析」はこういうことだったのか・・時を超えたふたりの魂のバトルに震えっぱなしの1時間35分。濃かった〜〜。咳をするたびに頭まで真っ赤になり苦しそうに吐血する木場さんに私の命も縮まった気がします。
どういうストーリーかというと・・谷さんのPLAYNOTEを読んでください。『2人の議論は、単に神とか、宗教とか、戦争とか、人種とか、文化・文明とか、それだけじゃないんだ。議論を通じて、どんどん暴かれていくのは、人間性の不思議そのもの、そして人類の歴史そのものでもあるんだ。』 ココ→ http://www.playnote.net/archives/002633.html
「“宗教”という素材より、それを使って行われるスリリングなやりとりを楽しんでもらえれば」と木場さん。もしフロイトが1939年に他界する前に、ほんとうにルイスと最後にこういう論争を出来ていたとしたら、この最後の精神分析は楽しかっただろうなーーー。いい出会いだったんだろうな。 ←この物語がフィクションじゃなかったらねぇ〜。
ニュースを聞くためにつけるラジオ。音楽がかかると消してしまう。「音楽」は?心を動かされるから。心を操られるのが嫌いなフロイト。 賛美歌が嫌いなルイス。
死にたいというフロイト。聖書の矛盾を次々出していくフロイト。空爆に怯え、ほんとうは怖いと告白する2人。心がそ〜っと寄り添った空気。
「考えようとしないことのほうが、よほど狂っているよ」とフロイト。
議論している言葉の数々は難しくないのですが、『頭脳の格闘技』攻めたり攻められたり二人が畳み掛けるように対話していくので、それを順番に覚えていない私(戯曲読まないと・・売っていなくて残念)。たまに弱みも見せ合う対話に目に見えない繋がりの愛を感じるし・・
13日にもう一度見るので、ふたりのこと、ちょっと復習しておきます。娘のアンナ・フロイトについても知りたい。(フロイトの看病は妻マリアではなく娘のアンナがしていた。途中マリアからかかってきた電話に出たフロイトの声がすごく優しかった。)
「戦争を終わらせる戦争なんてない。これからも」 ずーーーーーっと変わらないんだね。神様がいても。
ラストシーン、ニュースのあと、BBCラジオから流れる音楽に耳を傾けるフロイトがとても美しかった。パーシー・ウィットロック(Percy Whitlock)の『木製動物のバレエ』という曲だそうです。
蜷川さんの舞台でおなじみの木場さんと、はじめましての石丸幹二さんでした。ミュージカルスターの認識はありましたが拝見したことはなく、最近のドラマ「半沢直樹」で「浅野支店長」という濃いキャラを演じていらしたのはずっと見ていたので楽しみでした。今回の木場さんは、カフカのナカタさん系ではなく、どちらかというとヘンリー四世。威圧感ありありで、フロイト本人(写真)に似ていました。木場さん・・今回も痺れました。石丸さんは手足が長く立ち姿がものすごくキレイ。
木場さんにお会いして感想を伝えたかったけれど、ソワレまでの時間があまりなかったので諦めて(笑)帰りがけにテラスにいらした谷さんに声をかけさせていただきました。「ウィトゲンシュタインから好きになった」というお話をしていたら・・すぐ前にウィトくんが・・(おふたりともかっこよかった〜)。「ウィトくんだ」って言ったあと気づいたんだけど、それって松田龍平くんをミズタクって呼んじゃうのと同じで、失礼だったかな・・。そうインプットされちゃってて・・。
DULL-COLORED POPの次回公演はシアター風姿花伝で12/5〜31+4都市ツアーらしいです。
圧倒され心臓バクバクしたのでドトールでクールダウン。
美味しいよ〜。
あ、ヘンリー王にはいただいたんですよ、サイン♪