ほらほらコーヒーが冷めちゃってるよ 2

はてなダイアリーから引っ越してきました。浦和レッズが大好き!! 音楽と映画とライブとお芝居が好き。ラーメンズが大好き。

蜷川さん 

竜也くんのコメントでました。竜っちゃん、蜷川さんに会えてよかったね。15歳で出会えたことも、最期も。「亡くなる前日に藤原は蜷川さんの病室へ見舞うことができたといい、藤原は「最期に会えて良かったです。僕を産んでくれたのは蜷川さんです。たくさんの演劇人生をありがとうございました。真面目に突き進んでいきます」 http://www.oricon.co.jp/news/2071570/
私の細胞も、きっと蜷川さん結構入っています。演劇をこんなに好きにさせていただいたんだもの。あまりにも当たり前に生活の中にいらした方(私の勝手な気持ちのこと)でした。
 
大胆演出、世界のニナガワ 多くの俳優導いた 蜷川幸雄さん死去:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160513000398.html
蜷川さんの塔婆小町と弱法師も大好きな作品です。竜也くんの俊徳、美しく壮絶でした。詩人は高橋洋くんで、洋くんにも夢中になりました(母も洋くん好きでした)。 
 
窪塚洋介くんの写真、素敵だなぁ。「「お前を世界にわからせるぞ!」と舞台の板の上に立たせてくれ、演劇の魔法をかけてくれたのが、蜷川幸雄。」
 
小栗旬くん、秋のハムレットに出演する予定だったのね。「『ムサシ』(2009年)以来、7年ぶりの公演を今年秋に予定しており、ついにまたご一緒できる。しかっていただけると心の底から楽しみにしておりました」と残念がり、「ご冥福をお祈りいたします。でも、つらいです。『おい!小栗。何やってんだよ!』という声が聞こえないのは」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160512-00000020-mantan-ent
 
 
【謹告】蜷川幸雄芸術監督逝去にあたり献花台及び記帳台を設置いたしました。
昨日(2016年5月12日)永眠いたしました弊財団 蜷川幸雄芸術監督を悼み、彩の国さいたま芸術劇場に献花台及び記帳台を設置いたしましたので、謹んでお知らせいたします。 http://www.saf.or.jp/arthall/information/detail/440
場所  彩の国さいたま芸術劇場 総合インフォメーション前
期間  5月13日(金)〜6月11日(土)
 
埼玉新聞(明日友達からもらうことになっています〜)
「厳しい演出で知られる蜷川さんだが、それは平均年齢70歳以上の素人に対しても同じ。稽古場には「バカヤロー、死んじまえ!」「役者辞めろ」と怒号が鳴り響いていた。」「ただ休憩になると団員と一緒に昼食を取り、気さくに話をした。蜷川さんはよくカツ丼を食べていたといい、「安月給で女房に食わせてもらった時、よく食べたんだよ。頭上がらないよなあ」と笑っていたという。」http://www.saitama-np.co.jp/news/2016/05/13/09.html
ネクストの子たちともカツ丼食べていらしたね〜。

「蜷川さんが劇場で稽古をしたのは昨年2月が最後。竹内理事長は、体調不良ながら舞台に対して強い意欲を見せた蜷川さんについて「話し声はかすれていたが、稽古になると驚くほど大きな声で、2時間にわたり鬼気迫る指導をした」と話した。」「今月初旬に入院中の蜷川さんを訪れたときは、意識がもうろうとする中で舞台のセリフを口にしていたという。

 竹内理事長は「現状に満足せず、立ち止まらない。過去に評価された作品でも、現在の自分が見て満足できなければ壊して再チャレンジする」と語った。木全館長は「厳しい言葉の中にも、凜とした筋が一本通っていた。出会えたことが人生の宝物」と話した。」「蜷川さんが立ち上げたゴールド・シアターとネクスト・シアターについて、木全館長は「蜷川さんの思いの結晶で、大切な遺産」と継続していきたい意向。」「竹内理事長は1万人のゴールド・シアターについて「蜷川演出の方向性ははっきりしている。天国に行かれてもしっかり引き継ぎたい」と話した。」http://www.saitama-np.co.jp/news/2016/05/13/10.html
 
ガラスの仮面」を読んでいらしたそう。「早く書いてくれないと死んじゃうよ」って言っていたって。
 
高橋 洋くん「演出家・蜷川幸雄のことを、僕はこの場できちんと書いたことがない。多くの愛情と、おそらくそれと同じくらいの憎悪がつねにひとつだった。たがいに。そういった特別なつながりを、ことばにすることはできない。僕は俳優としてこれからも演技をつづける。演技のなかに、遺されているものがあるのだと思う。」http://blog.livedoor.jp/yotakahashi31/archives/47550639.html
 
コンドルズ主宰 近藤 良平さん 「昨年の11月、埼玉の稽古場を覗くと、蜷川さんは、広い稽古場にスッと座り、まっすぐと遠くを見つめていた。」「コンドルズは直接は観てもらえなかったが、日本昔ばなしのダンスを、観たあとに「面白いぞ!こういうのをどんどん創ってくれ!」とニコニコしていた。」「大きいものをズドンっと失った。この悲しみは大きい。我々のすべきことを、かみしめ、やっていこうと思う。蜷川幸雄さん、たくさんの喜びを本当に有難うございました。」http://blog.livedoor.jp/condors1996/archives/6336694.html
良平さん「千の目」の対談シリーズの1回目のゲストだったのですね。今、さい芸のガレリアの壁はコンドルズの写真で埋まっています。
 
コンドルズ スズキ拓朗さん 「蜷川幸雄さんは「知らないということは罪だ」と教えてくれた」「しかし同時に「何も知らない、なんの才能もないことを知ることができた君たちには未来がある。いやむしろ未来しかない。だって努力した過去がないんだから。これからめいいっぱい努力しろ!」と諭してくれたのだった 」 
http://blog.livedoor.jp/condors1996/archives/6328200.html
スズキ拓朗さん、ネクストシアターに入ってから「おまえはやりたいことをやれ。みつけろ。やれ!2年後までやりたいことの予定を埋めろ!」と蜷川さんに言われ、それをきちんと実行されているのですね。知らなかったです。素敵すぎます。
 
ロッキング・オン渋谷陽一さんも。「どうしてもフェスを観てもらいたくて、カウントダウンに来ていただいたことがある。実は提灯を使った飲食エリアの演出は蜷川さんの世界観からアイデアをもらったものだった。「蜷川幸雄っぽいでしょう?」と言ったら笑ってもらえた。とてもフェスを楽しんでいただき、長く会場にいてくださった。「面白かった、次の芝居の演出プランを変えるよ」と冗談を言って 帰っていかれた。それが蜷川さんとの最後の会話になってしまった。人としても素晴らしい方で、本当に大好きだった。とても悲しい。」http://ro69.jp/blog/shibuya/143011?rtw